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zoom RSS 蠅の王〔ウィリアム・ゴールディング〕

<<   作成日時 : 2017/05/06 18:39   >>

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近未来における大戦のさなか、イギリスから疎開する少年たちの乗っていた飛行機が攻撃をうけ、南太平洋の孤島に不時着した。
大人のいない世界で、彼らは隊長を選び、平和な秩序だった生活を送るが、しだいに、心に巣食う獣性にめざめ、激しい内部対立から殺伐で陰惨な闘争へと駆りたてられてゆく…。




粗筋どおり、大人の監視も庇護も無い“無人島という無法地帯”に“子ども達”ですから、どんなコトになるのか原作を読まなくても見当はつくと思います。
そう。ご想像どおりの事が巻き起こります。

無人島に漂着した少年達が“救助待ち”のラルフ派と“食糧確保”のジャック派に分裂し、最後は孤立無援となったラルフが蛮族となったジャックと手下どもに追いつめられて行きます。

少年達は最初のうちは慎重派ラルフの言う事を聞いていますが、狩猟派のジャックが野生の豚を仕留め、皆に喰わせてやったところから少年達の関係性が不安定になっていきます。
秩序を重んじる慎重派のラルフを投票でリーダーに選んでおきながら、“ジャック側につけば食糧にありつける”という露骨でわかりやすい理由でラルフから離れていく少年達。
読了時、“人間って自分が得するためなら、簡単に人間性を捨てる生き物なんだなぁ”と思いました。

『蠅の王』の紹介に“子ども達の狂気”だ“獣性”だ、うんぬんと出ていることがありますが、狂気でも何でもない。子ども達は“正気”だと思いました。
“正気”だからこそ、食糧を与えてくれる人間を選択し、邪魔は徹底的に排除しようとしたのでしょう。
“人間だからこそ、生きていくために、人間性を簡単に切り捨てた”のだと思います。
子ども達はいたって“正気”なのです。
だからこそ、彼らの行動がより恐ろしく感じました。

しかし。
自分の得のために“人間性”や“プライド”や“ポリシー”を捨てるなんて、人間社会じゃ日常的に起こってる事ですよねぇ……。
例えば、“悪口言いまくってたクセに、その相手が自分の得になると知った途端に手のひら返して媚びまくる”という光景を見たこと無いなんて人がいるのでしょうか。
(いるとしたらかなりお目出たいね。羨ましいよ。嫌味でも何でもなくそう思うね)

上記のことを考えつつ、原作の内容を振り返って思うことは、『蠅の王』は身も蓋もない現実と人間社会のどうしようも無さを“子ども達”を使って表現した小説なのでしょう。
原作は意外に淡々としている文体ですが、読後に必ず何かを残す強いメッセージ性のある小説だと思います。

しかし。
この小説、現在は絶版状態(新潮文庫)だとか。
某出版社から、たっかい新訳版が文庫で出ましたが、翻訳がアレだとのレビューを見たので、買っておりません。
いつまで経っても閉塞感に縛られている今の時代にこそ、相応しい小説だと思うのに…。

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