ギルバート・グレイプ〔1993〕

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先日、午前十時の映画祭にて鑑賞してきました。

TOHOシネマズ日本橋のシアター6は、ほぼ満席。
午前十時の映画祭で200席以上入るシアターを使えるなんて、ジョニー・デップとディカプリオ出演作だからでしょう。
『ギルバート・グレイプ』のようなミニシアター系作品を大きな映画館で観られる日が来るとは思ってなかったので、有難かったです。


映画自体はすごく久々に観ました。

しかし、久々の鑑賞でも、ジョニー・デップ演じる長男ギルバートの家族たちにすっごいイライラしたし、ディカプリオ演じる弟アーニーにヒヤヒヤするし、でも愛おしいしで、すごい揺さぶられました。

今更ですが、ディカプリオって、十代の時から名優なんですね。
“演じてます”っていう力みも嫌味が感じられないのが、すごい。
知的障害を持つアーニーという少年にしか見えないんですもの。

そうそう。
また感想が重なりますが、こういう弟だからしょうがないんだけど、すっごいイライラした。
一番愛おしい存在なのに、一番邪魔臭い存在っていうのが、すっごく自然にリアリティを持って迫って来るもんだから、ホント、イライラした。

だからなのか、ジュリエット・ルイス演じるベッキーが出てくるとホッとできるというか、オアシス的な存在に見えてくるんですよね。
彼女の瑞々しさとさりげない優しさがギルバートを包んでくれている感じがしました。
ベッキーなら引きこもりになった母親に合わせてもいいとギルバートが決断できたことに、第三者の自分も納得できたのです。

あと、引きこもりのかーちゃん。
あのかーちゃんにもイライラさせられましたが、“子ども達に世話焼かせっぱなし状態”なのを申し訳ないと思っているんですよね。
“あ。自分の立場を分かってんのね”と思わせておいて、あんな退場の仕方をするとは。
でも、“女親って、そういうトコあるよね。子ども達の負担になりたくない。厄介になりたくないって、察して、一人で行ってしまうトコあるよね”
と、また自然に納得してしまいました。
(まぁ、そーじゃない毒親もいるんでしょーけど)
最後は愛しい子ども達の見守る中で夫が自作した家と昇天できたのだから、幸せだったんじゃないでしょうか。
あの“家”のシーン、凄く良いと思います。
リアリティに欠けるのかもしれませんが、自分は凄くスッキリしました。

一年後のシーンも良かったです。
ベッキーはますます綺麗になっていて、相変わらず無邪気なアーニーも良いですが、ギルバートの表情が特に良かったと思います。

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