JOKER〔2019〕

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鑑賞後、“この映画の内容なら、『JOKER』でなくてもイイんじゃないか?”と、思ったのが正直なところです。
過去の映画で観たことあるようなシーンが多くて、オリジナリティーを感じなかったのも、自分にはイマイチでした。

“大道芸人のバイトをしながらコメディアンを目指す心優しいアーサーという名の青年が、犯罪者になるまでを描いた物語”
としては、見応えありました。
主人公はコリン・ウィルソンの犯罪本にたくさん出てきそうな人物で、真面目で一生懸命なのに何をやってもうまくいかないトコが痛々しいし、妄想に耽る様子は観てて心がヒリヒリしてきました。

そう。
なんで『JOKER』を観てんのに、フツーな犯罪映画観ているような気持ちになったんだろ?
上の文章と重なるけど、これ「バットマン」の宿敵の「ジョーカー」の映画なんですかね?
違うんじゃない?

“アメコミの域を超えてる”なんて、賛辞モドキな感想も見かけたけど、アメコミを下に見るようなレビューにも納得いきません。
そうじゃないでしょ?
「ジョーカー」は「バットマン」というアメコミに出てくる悪役なんだから、域を超えるも何もないでしょーが!

何でこの内容で、「ジョーカー」というキャラクターブランドを冠にした映画を制作したのか?
映画に出てきたセリフを借りると、“理解しなくていい”ということでしょうか?


なんだろなぁ…。
比べちゃいけないんだろうけど、いや、でも思い出すよね。
ヒース・レジャーの『JOKER』を。

ヒースの『JOKER』は、良い意味でヤな現実味のある悪役で、かつ目を離せない魅力と知性を感じさせたし、バットマンより強そうなトコもよかったんですよ。
それこそ映画やアメコミの域を超えたキャラクターとして存在していたもの。
(ヒースが『JOKER』を一人歩きする存在にした影響で、今回の映画ができちまったのかも?)


今回の『JOKER』はジョーカーが主人公の映画なのに、その『JOKER』がスケールダウンしてましたね。
トリッキーさも無い、ピカレスクロマンも感じない『JOKER』なんて、『JOKER』じゃないでしょ…。

いろいろグダグダ書いたけど、下のポスターのデザインはすごく好きです。
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